ウサギが大好きな、そしてビートルズをこよなく愛するミッドナイト・トラッカー、paulkoba のブログに     ようこそいらっしゃい♪


by paulkoba
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A HARD DAY'S NIGHT (ビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!)
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ビートルズの初主演による映画「ア・ハード・デイズ・ナイト」(邦題はビートルズがやって来るヤア!ヤア!ヤア!)のサウンド・トラックを中心に作られたのがこのアルバムだ。サード・アルバムに至って初の全曲オリジナルという点で、また、録音技術、楽器のセレクトなどにおいても、ビートルズが初期のサウンドを確立したアルバムということができる。
このアルバム・セッションから、EMIスタジオに4トラック・マルチ・レコーダーが導入され、レコードの音質は前2作(モノラル)と比較すると格段に良くなった。
そして、1曲ごとを取り上げても、注目すべき点は数多い。タイトル曲ではパーカッションを用いて音のすき間を埋めるとともに、曲全体をポップでスピード感あふれるサウンドに仕立てた。逆に「And I Love Her」 ではクラシック・ギターを使い、マイルドなバラードに仕上げた。さらに新しいサウンドの指向からジョージは12弦ギターを使い始めている(リッケンバッカー330-12)。
それまでロック界に12弦ギターを導入することは極めてまれであったが、タイトル曲をはじめ、「恋する二人」 など独特のインパクトの強さから、それ以後バーズに代表されるように12弦サウンドはポピュラーなものとなった。
このようにビートルズの場合、タイトルを聞いただけで、ある特定の楽器が思い浮かぶことが多いが、この傾向はこのアルバムから始まる。
ヴォーカル面においては、ダブル・トラックが最早欠くことのできない要素となり、特に「Tell Me Why」 ではジョンが3パートを全てダブル・トラックで歌っている。つまりジョンは計6回ヴォーカルを録ったことになる。
ビートルズが既成のグループの概念を打ち破ったのは、こんな点にもある。ステージで演奏する場合とレコーディングは全く別のものである、という姿勢はこの頃からすでに表れていたと言えるのではないだろうか?ちなみに、前作の「All My Loving」 はポールの2重唱となっているが、ステージではポールとジョージが2コーラス目で3度のハーモニーを聴かせている。
(英国発売1964年7月10日/日本発売1964年9月5日)
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# by paulkoba | 2006-03-05 01:34 | ビートルズ画
WITH THE BEATLES (ウィズ・ザ・ビートルズ)
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「プリーズ・プリーズ・ミー」以来、「フロム・ミー・トゥ・ユー」「シー・ラブズ・ユー」と、立て続けにシングルをヒット・チャートのトップに送り込んだビートルズは、
1963年の秋に入るとイギリスのナンバー・ワン・グループに成長していた。
特にデビュー・アルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』の成功でビートルズ・サイドは、ヒット・シングルに頼らないアルバム作りにも自信を得て、63年夏に、今度は1ヶ月を費やしセカンド・アルバムの制作にかかった。
このセカンド・アルバムもオリジナル8曲、カバー・バージョン6曲と前作同様の
構成であり、基本的には前作の延長線上にある。ただし、オリジナル曲、アレンジ、録音技術などはかなりレベル・アップしている。また、前作に比べるとR&Bへの傾向をもちながらも黒っぽい感じは消えつつあり、ロックン・ロールについてもポップな色彩が強くなった。その最大の要因はダブルトラックを使用した点であると言えよう。ヴォーカルはほとんどダブルトラックされ、ギターに関してもパートにより音が重ねられた。これによってジョンとポールのヴォーカルは一層パワーアップされ、サウンド自体も厚くポップな仕上がりとなった。加えて4人の演奏のほかに、プロデューサーのジョージ・マーティンが自らピアノをプレイしたり、ハンドクラップを入れるといった工夫も施され、明らかにステージ演奏とは切り離した音作りがされているのも大きな特色となっている。
一方オリジナル曲という点では、「イット・ウォント・ビー・ロング」と「オール・マイ・ラヴィング」で、ビートルズの成長とユニークなアレンジが伺えよう。それまでのロックには見られなかったコード進行とエンディング、十分に練り上げた掛け合いとバック・コーラスの「イット・ウォント・ビー・ロング」は、シングル・カットこそされなかったが、初期における隠れた名作のひとつである。
驚くべきは「オール・マイ・ラヴィング」だ。この曲はそれ以後ビートルズのステージ及びテレビ・ショーで必ず演奏されているにもかかわらず、イギリスではシングル・カットされなかった。それにしてもこの曲でジョンが弾く1拍3連のリズムは誰のアイディアだったのだろうか?そしてポールのベース・ラインはといえば単調に1拍づつ刻むだけである。これが不思議に違和感を感じさせない。むしろ絶好のバランスの上に成り立っている。
ユニークだったのはそれだけではない。ビートルズは使用する楽器に関しても明らかにほかのグループとは趣向が違っていた。前作もメンバーの使っていた楽器は同じであるが、特筆すべきはジョンのリッケンバッカー325とポールのカールへフナー500-1、いわゆるバイオリン・ベースである。ジョンはデビュー前からリッケンバッカーを愛用していたが、このモデルは3/4スケールとネックが短い。当時こうしたギターを使用していたギタリストは皆無であったが、ショート・スケールゆえにフレットの間隔が狭くコードワーク向き、さらにサスティーンが無い代わりにアタックが強い点でジョンがこのギターを選んだと思われる。
ポールのカールへフナーについてもデビュー前から愛用しているが、やはりメジャーな存在ではなかった。考えられることと言えばセミ・アコースティックで軽量な点が、激しいステージの動きにマッチしたという程度である。
このほか、初期のビートルズ・サウンドでは、ギブソンJ160Eというピックアップ付きのアコースティック・ギターが主要な役割を果たしていた。ボディとネックのジョイントは普通のギターが14フレットに対し、15フレット、ブリッジはアジャスタブルで弦高の調節が可能になっている。レコーディングに際してはアンプを通さず普通のアコースティック・ギターとしてマイクで拾っているが、これをリズム・ギターに重ねることでもサウンドに厚みを持たせたのである。
なお、このセカンド・アルバムのジャケットはアメリカと日本でのデビュー・アルバム『ミート・ザ・ビートルズ』 にも使用されているハーフ・シャドウと呼ばれるものであるが、この写真のアイディアはドイツの学生であったアストリッド・キルヒャーが、ドイツに滞在しクラブで演奏をしていた頃のビートルズをモデルにして撮影した写真から借用したアイディアである。
(英国発売1963年11月22日)
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# by paulkoba | 2006-02-26 13:12 | ビートルズ画
PLEASE PLEASE ME (プリーズ・プリーズ・ミー)
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ビートルズの記念すべきデビュー・シングルは「ラヴ・ミー・ドゥ / P.S.アイ・ラヴ・ユー」。そして2枚目がチャートの1位に輝いた「プリーズ・プリーズ・ミー / アスク・ミー・ホワイ」。
「プリーズ・プリーズ・ミー」がヒットしたことにより、ビートルズは早速そのフォローアップに同名タイトルのファースト・アルバム作りをすることにしました。1963年のことです。当初プロデューサーのジョージ・マーティンはライヴ盤を制作する計画を立案、キャバーン・クラブでのビートルズの熱気をそのままレコード化しようと考えていました。でも、当時の技術的な問題からか、また、ビートルズであれば例えスタジオであろうとステージの熱気をそのまま再現できると判断し、ライヴ盤の計画はスタジオ録音に変更されました。
1963年2月11日、EMI のアビー・ロード・スタジオで行われたファースト・アルバムのレコーディングは、それでもライヴに近い形であり、わずか1日でアルバムの全曲がレコーディングされました。このため、後にビートルズのレコーディングの特色ともなったヴォーカルのダブルトラックなど、録音上の技巧はほとんど使われていません。シンプルこの上もなく、言葉を換えれば当時のサウンドをうかがい知ることができます。
録音された曲はキャバーンで演奏していたロックンロールを中心にカバー6曲とオリジナル8曲ですが、このアルバムはその後のイギリスのポップ・ミュージック界に与えた影響は計り知れず、同時にアルバム・セールスの可能性を開拓したと言っていいでしょう。ビートルズ出現以前のアルバムはシングルの寄せ集めで、ヒット曲を並べたものでした。ファースト・アルバムで早くも彼らは概念を打ち破ったのです!^ ^
つまりシングル2枚分の4曲を除くと、残る10曲はこのアルバムでしか聴くことのできない未発表曲だったのです。
当時としては非常識ともいえるこのアルバム作りがファンに受け入れられ、発売以来6ヶ月にわたりイギリスのLPチャートの1位の座を守り続けました。そして首位を明け渡さざるを得なくなったのは、彼らのセカンド・アルバムが発売されたからなのでありますっ!!!!
それにしてもなぜこれほどまでにビートルズが人気を集め注目されたのでしょうか??
単にアルバム全体を通して聴いただけでも、例えば当時イギリスで人気を誇っていたクリフ・リチャード&シャドウズとは明らかにノリが違う。ジョンとポールのオリジナル作品もさることながらヴォーカリストとしての力量とグループとしての迫力あるプレイは、ほかに例を見ないほど。
特に初期のビートルズにおいては音楽面でのリーダーシップをジョンが取っており、すべての面においてR&Bを好んだジョンの指向性をハッキリと見てとれます。このアルバムに関しても、ポップでありながら、非常に黒っぽい印象が強いです。
後にビートルズは次第に、いわゆる「ビートルズ・サウンド」を確立していくわけですが、同時にジョンとポールの力関係が、アルバム全体の色彩を変えていきます。
(英国発売1963年3月22日)
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# by paulkoba | 2006-02-19 08:37 | ビートルズ画